家族

人に歴史あり

 2009年9月13日、私の父が77歳の誕生日をむかえた。硬膜下血腫等の大病を何度かしていることもあり、「喜寿」まで生きられたということに本人は格別の思いがあったようで、なんと80ページの自分史(A4サイズの紙に写真やできごとをプリントしクリアファイルに入れたもの)が送られてきた。
長く小学校の教員をしており、日記魔でメモ魔の父。
写真の横には、何年何月何日に何があり、自分の月給はいくらだったかとか、世の中で何が起こったか等の記述が添えられ、それが77年分・・・「どんだけ几帳面なんだー!!」(妹談)
そして情緒的な文章が全くない。
(私が生まれたときの写真があってその横に)「長女・望誕生」(○○病院)・・・それだけ。「嬉しかった」でも「感激した」でもなく、ただそれだけ。
妹が生まれたページも、初孫であるうちの娘が生まれたページも同様で、事実が載っているだけ。
あまり情緒に流れている自分史が届いても困るが、一言くらい何かあってもよいのでは・・・という感じ。
でもそれが父らしさというものなのだろう。
淡々と続く記録をめくっていくと、「人に歴史あり」という言葉が浮かんでくる。
世の中的には平凡な一市民である父だけれど、彼なりのドラマがあり苦しみや喜びにあふれた人生であったであろうことが、感情的な記述は全くなくても自然と伝わってきて興味深い。
そして、自分が誕生して出演者の一人となってからのページは、また一段と面白い。
「望 住宅前の県道で交通事故にあう」「望 離婚を前提に別居」「望 膵臓がんと言われて入院」・・・うへ、こんなことまで書いてある。
私は、余命3~6か月と言われても、自分史を残そう等という発想は全く持たなかった人間だが(残すほどのことは何もしてないし)、父の人生の記録の中にすっぽり自分がはいっている訳で、私にも一応歴史があったのね・・・としみじみする。
「2009年8月31日 民主党大勝・自民後退」で終わっているこのファイル。
父には長生きして、できればパソコンが出来る状態を一日でも長く保ってもらって、もっともっとページを増やしてもらいたい。
そのファイルの中に「望 死去」という記述が載らないよう、私もがんばるからね。
「ただ日々を重ね続ける 淡々と」 望

POSTED COMMENT

  1. あま より:

    お父様の喜寿おめでとうございます。
    戦争、敗戦、復興、高度経済成長、バブル・・。めまぐるしく時代が変わっていく中を歩んでこられたのですから、次の世代に伝えたいことが、たくさんおありなのだと思います。
    私の父も、自分史を書き始めましたが、飽きたのか3ページで止ったままです。(笑)

  2. バニバニ より:

    お父様の大作ですね。素晴らしいですね。私の父は78歳ですが、自分史どころか家計簿で精一杯といった感じです。

  3. より:

    >あまさん
    父は昭和7年生まれなので、そのまままるっと昭和史を生きたって感じです。
    3ページで自分史に飽きちゃったお父さん、何だかとっても親近感が持てます(笑)
    それが自然だよね!?
    >バニバニさん
    家計簿ができるだけでもえらいと思います!
    私は家計簿すら挫折しました。
    OLをしていた時は、表計算の縦横がいつも合わず課長にいつも怒られていました(消してしまいたい人生の1ページ)

  4. びばり より:

    なんだか胸がいっぱいになりました。
    情緒の記載がない分、お父様は自分の中で反芻され、たくさんの思いを飲みこまれたのだろうと思います。
    辛いという気持ちを書かないかわりに、嬉しい気持ちも書かない選択をされたんですね。
    お父様の 強さと優しさを感じます。
    あ・・私 ファザコンですから(笑)

  5. より:

    情緒的な記述がないことを、私はそこまで深く解釈することができていませんでした。びばりさんのコメントを読んで、目からウロコが落ちたような気分です。
    びばりさんのお父さん、ずっとお会いしてないけど、私はとても好きです(笑)

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