病気

黒札の女

 昨日(2010年4月21日)、このブログに時々コメントをくださるBさんからお電話をいただいた。(Bさん、いつもお気遣いありがとうございます)
Bさんは、がん患者のサポートグループで知り合った方。手術が成功し、現在は職場復帰もされているが、そこにいたるまでなかなか壮絶な体験もされている。
「望さん、ブログで<自分にここまでの医療をしてもらう価値があるのだろうか?>って書いてたけど大丈夫?」と心配してくださっていた。
そうなのだ。
カリウムを50本以上点滴してもらっても正常値に届かないほど壊れてしまっている自分。
皆さんが献血してくださった貴重な血を入れてもらわないと、貧血で動けない自分。
それでも、そういう医療処置を受ければいつかは治って、社会に恩返しができる日が来るというのなら、どういう高価な医療でもとりあえず「今は」お願いします、と堂々と受けることができるだろう。
しかし、私にとってはどういう処置をしてもらっても、もはやそれは「延命」もしくは「緩和」。
病気が治ることはなく、体力は日に日に衰えていくばかりで、本当に世の中に迷惑をかけるだけの存在でしかない。
そんな私に大量の薬や血液を使ってもらって・・・正直早く死ぬことが最大の社会貢献なんじゃないかとすら思ってしまう。
「トリアージ」という言葉をご存知だろうか。
「コードブルー」や「救命病棟24時」等のドラマを見ているとよく出てくるのだが、災害や事故等で大量の負傷者が出た場合に、一人でも多くの命を救うため、限られた医療資源を有効に使うための「命の選別」を行うことがある。それがトリアージ。
負傷者に色のタグをつけていく。
重傷者から順に治療を行うのではない。治療をしても助かる見込みのない患者には「黒札」をつける。「黒札」の患者の治療順位は軽症の人よりも下になる。つまりはっきり言うと、極限状況では治療をしても死ぬしかない人間は「見捨てられる」ということなのだ。
立派な「黒札」である自分を見捨てず、医療をほどこしてくれる場所がある。
豊かな時代に生まれ、豊かな国にたまたま住んでいた。それだけでこんなにも恵まれた医療を受けられている。
自分にそこまでの価値があるとはやっぱり今は思えないけれど・・・だからと言って「私にはそこまでの価値はないから、その薬を誰か別の人に使ってください」と言えるほど、まだ仏になってはいない(笑)
Bさんとの電話の結論は「とにかく今は感謝してやってもらうしかないよね」ということに。
医療を受けられることを当たり前と思わず、その幸運に素直に感謝すること。
そしてその感謝を伝えること。
できればせっかく一日一日生かされている命を何か意味あることに使えれば最高だけれど、今の私には自分がなんとか生活するだけで精一杯の体力しか残っていない。
ただ、こういう立場にいる人間が何を思いどう死んでいくのか、実際に現場?にいる人間にしかわからないことを少しでも伝えていけたらと思う。
そうそう、あともう一つ「結論」があったんだ。
「今社会にすごく迷惑かけているけど、私は<年金>をもらわずに死んでいくから、そこで相殺してほしい」っていうのが♪
そこに気が付いたら、ちょっとだけ気分が楽になりました。

POSTED COMMENT

  1. みどり@東京 より:

    子孫を残している!
    それが最大の社会貢献だと思いますよ。
    それだけでもう、人としての十分な役目を果たしています。
    胸を張っていいのですよ。
    わたしなんか、それこそ何も残せませんからね。

  2. みどど より:

    みどり@東京さんって、もしかしてアーチスト「ふ○○○みどり」さん?見当違いだったらごめんなさい。前にHPで「み○○○」姓の作品みました。作品が残せるってすごいと思います。望さんのブログもそう。自分の思いを書いたり描いたり作ったり、表現できる人って羨ましい。表現する、残すって、生きてきた証のような気がします。

  3. あま より:

    私がnozomiさんと出会って、私がそこから何かを感じとれば、それが、私の価値になると思う。
    感じます、感じます・・・。(Mr.マリック?)
     
    nozomiさんは、私の価値ある存在です。胸張って生きてください。
    藤の花が咲いていますね。週末に近場で見に行きたいと思ってます。GWあけ頃には、王子製紙のばら園を見に行く予定です。花も見る人の心に何か与えてくれるからいいんです。

  4. かおる より:

    私も考えた事があります
    いえ、今も考えています。
    私が生きている価値はあるの?
    私には子供がいます。残すのはその子たちだけ。
    そして逝って誰が悲しむの?
    わずかな知人と家族だけ
    そんな私に価値はあるの?
    答えはでません。
    でも、ブログを後で見て、私の思いを子供たちに伝えられたら、それでいいのかな、と思ったりします。
    それに比べ、望さんはとても前向きな、明るい考えを持っています。
    自分の状況を見つめながら、澄んだ目で楽しい事を見つけ、感謝を忘れない・・・・
    簡単にできることではありません。
    自分の考えを少しまとめて発表しませんか?
    *ウェルネス
    *日経のラジオ”いのちみつめて”http://www.radionikkei.jp/inochi/
    *アストラゼネカ(製薬会社)
    http://www.az-oncology.jp/taiken.asp
    それを見て、生き方を考える人や変える人がきっといると思います
    私も望さんの生き方、考え方に深い感銘を受けた一人です。
    いかがでしょうか

  5. みどり その2 より:

    治療疲れますよね。
    色々考えちゃいましたね。
    でも死んでしまうことは決して社会貢献にはなりません。
    辛いと思うけど治療をうけられる今の環境にもっと甘えちゃいましょう。
    私は望さんの文章を読むのを楽しみにしています。
    私ごときの楽しみになっていることが望さんにとって「よかった」と思えることにはつながらないかもしれませんが、いつも前向きな姿勢を見せてもらえて感謝しています。
    心からありがとう。

  6. アイ より:

    みんなのコメントの通り!!私も望さんのメッセージが楽しみだし、多分健康(!?)だけど、いつも望さんに元気をもらってるよ~(^_^)v
    最近、仕事をしていても、私の方が幸せな気持ちを頂いていたり、ケアされてると思ったりすることがよくあります。
    みんなの心に届く望さんのメッセージは、望さん以外発信できないから、望さんの生を一生懸命祈ってるみんなのためにも生きてください。

  7. ひーみ より:

    みんなの気持ちが コメント欄から 波のようにあふれ出して満たされます。
    望さん、あなたはじゅうぶんにすばらしい!!すばらしいことをしているよ。
    胸をはって 生きてください。

  8. より:

    >みどり@東京さん
    子孫!自分が「子孫を遺した」っていう発想、全くなかったかも・・・そんな「なんとなく」の人生でした。みどりが創造したたくさんのアートも遺っていくんだよね。すばらしいと思いますよ。
    >みどどさん
    「みどり@東京さん」はみどどさんのご想像通りの方ですよ~。表現したものが「遺る」かどうかは別として、なんらかの形で自分を表現するってすごく生きる力をくれる行為だなあ、と最近しみじみ思います。
    >あまさん
    私もこの間今年初めて藤の花が咲いているのを見ました。つつじなんかも咲き始めているんだよね。
    季節が変わって、そしてその季節の花を今年も見ることができているなんて夢のようです。
    お花、楽しんでくださいね。
    >かおるさん
    いろいろ情報ありがとうございます。
    思いをまとめることの大切さ、私もしみじみと感じています。
    新しく書いたものではないのですが、このブログの2009年末までの分と、あと少しだけ新たに文章を書いたものを、友人たちが本にまとめてくれることになっています。
    そして生きて書ける間は、がんばって何かしら考えを表現していきたいと思っていますので、よろしくおつきあいくださいね。
    >みどり その2さん
    最近あんまり「前向き」じゃないんですけど(!)
    、ほんとせっかく治療してもらえていて、なんとか生かしていただいているのだから、とにかく機嫌よく楽しく生活しないと損ですよね。
    甘えられる環境、ほんとありがたいです。
    >アイさん
    積極的に「死にたい」と思うわけではないのだけれど、時々病気であること、体調が悪いことにすっかり疲れてしまって、全てがどうでもよくなってしまうことがあります。
    でもこんなに応援してもらっているんだから、生きなくちゃね。
    アイの「食べてる人はまだ死なない」という言葉を思い出して、食べられる物を必死で探して食べています(主にプリンですが・笑)
    >ひーみさん
    うんうん、パソコンあけたらこんなにメッセージをもらえていてびっくりしました。
    暖かい言葉のウエーブが画面からあふれ出していて・・・ああ、もういつ死んでもいいって感じです(って、みんなの主旨と逆行してますね・笑)

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